研究紹介

人工骨ネジ開発

島根発「骨ネジ」技術を応用した新型人工骨ネジ開発
‐超高齢化社会を迎える明日の医療を島根から創造‐

講師 今出 真司

1) 背景技術と経緯

島根大学医学部整形外科では、「骨ネジ」による骨折治療法を確立し臨床応用しています。これは、手術中に“ホネ”から“ネジ”を製作し骨接合を行うというもので、独自開発したネジ製作機を用い骨折患者自身の骨を手術室内で加工した「骨ネジ」を使用し、骨折部を固定する技術です(図1)。

図1 骨ネジによる骨折治療の実際 [1]

その研究過程において、共同研究パートナーである島根県産業技術センターと、金属などに比べ折れやすい骨部材の問題を軽減するネジ形状(※1)の探索を行いました[2]。ネジ外径やピッチを一定に山高さのみを変動させたネジを製作し(図2)、ネジ固定力(引抜強さ)との関係を調査しました。その結果、骨接合に必要な(固定力が保たれる)ネジ山の高さは最小0.3-0.4mm程度であり(図3)、この山高さは一般的な骨折固定用ネジの山高さより低く、すなわち谷径(芯厚)を太く獲得できるため、ネジの耐折損性を向上できるという知見を得ました。また、ネジ山(スレッド)形状に関する以前の研究から、引抜方向に対し30度の傾斜を設けた方が医療用ネジの主流形状である垂直型(引抜方向に対し直行)に比較し高い固定力を示すことが判っていました[3]。この傾斜を引抜方向にのみ設けた逆テーパー型ネジ山について、主に海綿骨に対する固定力の観点から再度検討を行い(図4)、その有用性を確認しました。

図2 検討用ネジ形状(外径4.5mm,ピッチ1.6mm,内径4.3-2.7mm;0.2mm毎)

図3 ネジ山高さ毎のネジ固定力

図4 ネジ山(スレッド)形状の検討

他方、人工骨(生体吸収材)メーカーの帝人メディカルテクノロジー株式会社(旧社名:タキロン株式会社)では、非焼成のハイドロキシアパタイト(u-HA)とポリ-L-乳酸(PLLA)からなる人工骨製ネジを製品展開(図5)し、独自技術でその高強度化も実現してきました[4,5]。しかしながら、u-HA/PLLAの物性値は骨と概ね同等であることからネジ自体の強度は金属ネジに劣り、術中および術後経過中の折損に対する懸念が、臨床上の問題となっていました。また、ネジヘッドが比較的大きく、周囲組織の干渉も懸念されていました。

図5 既存の人工骨ネジ

2) 新たな人工骨製ネジの開発と臨床応用

骨と人工骨の材料特性は当然類似しています(表1)。骨ネジの技術を応用することで人工骨にも共通する問題を解決できるかもしれないと考え、島根大学、島根県産業技術センターおよび帝人メディカルテクノロジー社は産学官コンソーシアムを結成し、新たな骨折固定用人工骨製ネジの開発を目指すプロジェクトを2017年度からスタートさせました。各種基礎研究を経て、島根大学、島根県産業技術センターが考案したスレッド形状(山高さ0.4mm、30°逆テーパー型)と、帝人メディカルテクノロジー社が考案した小型ネジヘッドを搭載した(双方の技術を融合させた)新型人工骨製ネジ(図6)が完成しました。一般的な骨折固定用ネジサイズにおいて従来型の人工骨ネジより耐折損性が向上し(図7)、また、海綿骨に対する固定力も得られます(図8)。新形状の小型ネジヘッドの搭載により、周辺組織への干渉リスクにも対応しています。

表1 帝人メディカルテクノロジー社製u-HA/PLLAの機械的性質

図6 新型人工骨ネジ

図7 三点曲げ試験における降伏力の比較

右側グラフは今回開発した外径4.5㎜ネジの結果。既存ネジに比較し15%の強度アップを獲得した。左側グラフは今後製品化予定の外径6.5㎜ネジの結果。81%と大幅な強度アップを期待できる。

図8 引抜試験における固定力の比較

横軸は模擬海綿骨の密度を示す。20 pcfは健常骨モデル、10 pcfは骨粗鬆症モデル。前者では33%、後者でも17%の固定力アップを獲得した。

2021年3月に薬事承認を得て、6月から島根大学医学部附属病院限定での臨床使用を開始しました。2021年12月3日には本件ついて記者会見を行い、広く報道されました(図9)。2021年度は9例に対して本ネジを用いた骨折治療を実施し、いずれも経過良好です(図9)。2022年度から島根県内主要医療機関での使用も開始しました。2023年度以降は全国の認定施設へ展開するなど、順次販路を拡大していく予定です。

図10 新型ネジによる骨接合術(74歳女性,骨粗鬆症あり)

3) 本コンソーシアムが目指す最終的な開発目標

プロジェクトの最終目標は「骨粗鬆症患者に特化した脆弱骨専用ネジの開発」です。本邦ではすでに1300万人以上が骨粗鬆症に罹患しており、超高齢化社会を迎える今後、本疾患は増加の一途を辿ることが予測されます。高齢化率34.3%(令和元年10月1日時点、全国第3位)の島根県にとって、とても大きな問題です。本疾患ではしばしば脆弱性骨折(※2)を生じる事が知られており、高齢者が要介護者となる主要な原因として問題視されています。高齢者の自立度を維持し生産人口を維持することは、本邦における喫緊の課題の一つです。

骨粗鬆症患者の骨は脆く、若年者の骨と比較し全く別ものです(図10)。しかしながら、現状では骨粗鬆症患者の骨折治療にも若年者と同一のネジが使用されており、その結果、初期固定力は弱く、また時間経過とともに緩みを生じることがあり、術後リハビリテーションの遅延や再手術を要するといった問題を惹起します。この問題に、我々は挑みます。人工骨材(u-HA/PLLA)は骨に類似した強度であるため、スレッド形状の工夫で緩み難いネジとなる可能性を有し、また、除去不要なので、骨との固着を促すような処理を付加することも可能です。今回発表した新型人工骨ネジは、その意味においてプロトタイプに相当します。今後も研究を重ね、島根から明日の医療を創造すべく、プロジェクトに取り組みます。

18歳男性の脛骨遠位部

用語解説

※1 ネジ形状に関する各部位の名称を、以下に示します。

※2 脆弱性骨折

骨粗鬆症患者では、しりもち程度の軽微な外力によって簡単に骨折を生じる事がしられており、これを脆弱性骨折と言います。主な部位では、背骨の骨折(脊椎椎体骨折)、脚の付け根の骨折(大腿骨近位部骨折)、手首の骨折(橈骨遠位端骨折)、肩の付け根の骨折(上腕骨近位部骨折)があります。

参考文献(〇は当教室の業績)

① Manako T, Imade S, Yamagami N, et al. The clinical outcomes of scaphoid nonunion treated with a precisely processed autologous bone screw: a case series. Arch Orthop Trauma Surg. 2021 Aug 4.

② Yu A, Imade S, Furuya S, et al. Relationship between thread depth and fixation strength in cancellous bone screw. J Orthop Sci. 2022 (in press)

③ Wang Y, Mori R, Ozoe N, et al. Proximal half angle of the screw thread is a critical design variable affecting the pull-out strength of cancellous bone screws. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2009 Nov; 24(9):781-785.

4. Shikinami Y, Okuno M. Bioresorbable devices made of forged composites of hydroxyapatite (HA) partickes and poly-L-lactide (PLLA): Part I. Basic characteristics. Biomaterials 1999, 20:859-877.

5. Shikinami Y, Okuno M. Bioresorbable devices made of forged composites of hydroxyapatite (HA) partickes and poly-L-lactide (PLLA): Part II. Practical properties of miniscrews and miniplates. Biomaterials 2001, 22:3197-3211.

産業財産権

  • 意匠 第1700438,1700439,1700440号 「骨接合用スクリュー」
    創作者:内尾祐司、今出真司、森井 敬、岡 大史良、古屋 諭、中澤耕一郎
  • 意匠(中国)
    出願番号202130356436.5,202130356438.4,202130356439.9
    名称:骨固定螺釘
    発明者:内尾祐司、今出真司、古屋 諭、中澤耕一郎、森井 敬、岡 大史良

メディア対応

  1. 放送
    • NHKニュース島根版(NHK松江,2022年放送)
    • いば6(NHK水戸,2022年放送)
  2. 新聞・雑誌
    • 読売新聞(2021年12月4日記事)
    • 島根日日新聞(2021年12月5日記事)
    • 日本経済新聞(2021年12月7日記事)
    • 山陰中央新報(2021年12月7日記事)
    • 朝日新聞(2021年12月10日記事)
    • 日刊工業新聞(2021年12月16日記事)

※COI開示

  1. 科研費
    • 2022-2024 基盤研究C
      生体吸収性樹脂(u-HA/PLLA)に対する機械的および科学的表面処理効果の検証
  2. その他
    • 2016 島根県技術シーズ育成事業